夜9時、閉店後にひとり
——ある経営者の34年と、仕組みが生まれた夜
夜9時。エアコンを切った事務所は、昼間の熱がまだ残っている。
今日3回目の同じ名前を、また別の表に書き写す。
スマホが光る。家族からだ。「先に寝るね」。
海が好きで始めた仕事だった。
なのに今日も、海より長く、表計算を見ていた。
34年、同じ夜を過ごしてきた
1992年にこの業界に入ってから、道具はずいぶん変わりました。手書きの台帳がエクセルになり、電話がLINEになった。それでも夜9時の風景だけは、34年間変わりませんでした。むしろ予約の窓口が増えたぶん、書き写す先は増えていったのです。
繁忙期の自分に、余裕はありませんでした。お客様の顔と名前を覚えるのが自慢だったのに、いつからか、目の前のゲストの名前より、明日の段取り表の空欄のほうが気になっている。好きで始めた仕事が、事務作業で嫌いになっていく——一番怖かったのは、それでした。
スタッフを叱った日
忘れられない日があります。スタッフが器材サイズを写し間違え、当日の港で30分のロスが出ました。お客様に頭を下げ、彼女を叱りました。
その夜、閉店後の事務所で彼女の書いた表を見返して、気づいたのです。彼女は同じ情報を3枚の表に書いていた。3回書けば、いつか間違える。それは彼女の問題ではなく、確率の問題です。
悪いのは人ではなく、仕組み。
仕組みを変えれば、人は本来の力を発揮できる。
翌朝、彼女に謝りました。そして決めました。「書き写す」という仕事そのものを、この店からなくすと。
2004年の最初の挑戦と、2026年の朝
最初の挑戦は2004年。FileMakerで自店の顧客管理を自作しました。バックオフィスはデジタルに、お客様の前ではアナログに——このときの設計思想は、22年後の今も変わっていません。ただ、当時の技術では「LINEで届いた予約文を読んで、表にする」ことまではできなかった。
それができたのが、2026年の春です。AIとの共同開発で、数週間のうちに仕組みが動き出しました。LINEに届いた予約が、自動で予約表になる。朝、店に着くと、今日の段取り表が「もう、できている」。
最初にその朝を迎えたときの感覚を、うまく言葉にできません。強いて言えば、34年間、毎晩担いでいた荷物を、玄関に置いてきたような軽さでした。
同じ夜を過ごしているあなたへ
この仕組みはNiraiDeskという名前になり、今は他の店でも使われ始めています。でも、この記事で一番伝えたいのは製品のことではありません。
あなたが夜9時にひとりで格闘しているのは、あなたの能力のせいではない、ということです。1件の予約は平均7回転記されます(実測データはこちら)。7回書けば、誰だって疲れるし、いつかは間違えます。責めるべきは仕組みで、変えられるのも仕組みです。
私たちがこの仕組みに「ニライ」——海の彼方の理想郷の名前をつけた理由は、別の記事に書きました。よかったら、今夜の転記を終えたあとにでも読んでください。